ロマンス山 2006年8月15日
終戦後の春淡輪愛宕山は観光客で賑わった、
府下では古い歴史をもつ遊園地であり、
観光施設の無い時代
だから春から夏は大変な賑わいだった、
1950年
愛宕山の東,大間の谷を隔てた丘、開拓地の山がある
春の観光季節になれば、道の無いこの山に
若いカップル何組も次々と登ってくる、
見晴らしは抜群であり、50cmほどの
笹が生え、座れば視界が遮られ、個室になり、
愉しい二人には、ロマンを語るまたとない、
場を提供してくれる。
当時ロマンスと言う週刊誌があり、この山によく捨てられて
いたので、これにヒントを得てロマンス山と名づけ
、ロマンス山と書いた看板
五。六枚つくり愛宕山から見えるように立てた、
1950年頂上に、ささやかな売店や桟敷を造り
四月、五月と期間営業をした。

見晴らしの良い桟敷三箇所作る
現在の海風館付近
[

1954年4月 当時のロマンス山の売店とスタッフ
現在の海風館より30m南寄り

昔のロマンス山の面影が伺える
ロマンス山の名は南海難波駅の観光地図にも載せられ、
大阪市内までも知られるようになり、
1957年
広大な敷地に、動物園、子供のいろんな遊具が整った
レジャ-施設みさき公園ができて、淡輪遊園愛宕山も
斜陽となり衰退の一途を辿った、
ロマンス山の名も忘れ去られ、知る人もなく、幻の山となる
その山に時代に合った立派な海風館が建ち賑わいを見せている
散歩に訪れては、この地に立ちて海の彼方へ沈み行く
夕陽に、昔日のロマンス山が夢のごとく脳裏に浮かぶ。